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「親の意見と冷酒はあとで効く」

中小企業の場合、実の親から実の子どもへと、その事業を承継することが多いであろう。親は事業を譲るにあたってあれもこれも承継してもらいたい、と思う。しかし、「親の心子知らず」である。

事業承継というものは、何を承継するのかが承継者にも被承継者にも分かっていない。

資産や負債、得意先や交友関係などの目に見えるものを引き継ぐのか、経営の方法など目に見えないものを承継するのだろうか、ということである。

事業承継とは、それら両者を承継するのであろう。そのどちらをも承継したとしても、後継の承継者には被承継者の事業をますます発展させる者もいるが事業を縮小させ会社を倒産させてしまう者もいる。

大事なことは、環境がどのように変わっても、企業が繁栄し得るように、目に見えない心の教えを親から子、子からまたその子へと伝えて事業を承継して行くことだ。

 

S社長は、跡継ぎとして社長となる自分の息子に、常日頃から「社長になると自分に耳障りの良いことを言ってくれる人は多くなるが、耳に痛いことを言ってくれる人は少なくなり、そのような社員を嫌いになる。社長の耳に痛いことを言う社員は段々と少なくなるので、そんな社員を嫌い遠ざけて用いないということは良くない。自分の嫌いな社員を用いることこそ大事なことなのだ。」と言っていた。

息子が社長となり、不動産やゴルフ会員権を買わないか、その資金は銀行が融資してくれる、という話が取引銀行から持ち込まれた。バブル経済華やかなりし頃のことだ。会社の中には、「そんなうまい話はない、やりましょう」、という役員は多かったが、反対したのは親の意見を嫌々ながら聞いて役員にしてあった嫌いな人物ただ一人だった。

社長が、親父の意見を思い出し、銀行から持ち込まれた融資付き不動産取引の話を断ったのはいうまでもない。

バブル期に会社経営の方向性を見失った中小企業は枚挙にいとまがない。

「事業承継」は親のコトバを聞く

事業承継には、承継する者と承継させる者とがいる。

承継させる者はあれもこれも、役に立つものは何でも承継させたいと思うし、承継する者はこれも又、役に立つものであれば何でもかんでも承継したいと思う。人、物、金であろうとノウハウと言われるものであろうと、いずれを問わない。事業承継を成功させたいと思うからだ。親子の事業承継の場合などであればなおさらだ。

 

事業承継成功の成否は何であろうか。

受け継ぐ時期や場所、そのものの量や質、受け継ぐことの是非善悪等、はすべて関係がない。あくまでも事業承継者の一存にかかっている。

事業を承継した者が、受け継いだ事業をどのように発展させられるか問題なのである。

それでは、身もふたもなかろう。何を言いたいのかがわからないかも知れない。敷衍しよう。

 

大阪の冬の陣に際し、徳川家康は、徳川四天王の1人であった井伊直政の子、直孝に先鋒の名誉を与えたが、直孝にはそれまで実戦指揮の経験がなかった。そこで、直孝は、井伊家に仕えていた老軍師に教えを乞うた。

何か、俺に伝えるものはあるか、というわけだ。

「はい。大将たる人、志を決断し、狐疑(=疑いためらうこと)なく下知(=指図・命令)すること。両端(=迷って形勢をうかがうこと)を持しましては、兵の道は決して行われません。多年、常に考究して参りました私の結論は、これに尽きます。」(岡谷繁実著・新訳名将言行録・兵頭二十八編訳・PHP研究所刊41頁参照)

 

老軍師は、直孝の父である井伊直政と幾度となく生死定かならざる戦場を駆け巡ったであろう。そこから得た結論が、上記の言葉である。言葉によって、直孝は父直政の経験をもらっているのだ。

しかし、父のようになれるか、又は父を越えられるかは本人の精進にかかっているのである。事業承継者たる者は皆同じだ。

事業承継計画とは何かを考える

事業承継とは何だろうか?「事業」の「承継」に間違いはあるまい。

その計画をたてるのが事業承継計画なのだろう。しかし、その計画を立てることは、そう簡単ではない。承継すべき事業の中身が曖昧模糊としており、何を承継するのかが明らかではないからだ。

事業は、ヒト、モノ、カネ、といわれるが、「ヒト」の面だけ取りあげても、従業員・仕入れ業者・買ってくれる顧客・株主(中小企業の場合は親子、兄弟、親戚等その関係が濃密である)等、色々ある。これらの人間関係を引き継ぐのが事業承継なのだろうか、また会社の資産や負債を引き継ぐのが事業承継なのだろうか。

 

事業承継について書かれた書物をみると、事業承継計画書を作りなさい、と書いてある。家族関係、個人資産の状況、相続が起こった場合の相続人の問題などの現状を分析し、事業承継に備えるのが良いようだ。

中小企業庁発行の中小企業事業承継ハンドブックという冊子がある。そこには、Ⅰまずは知っておきたい事業承継対策のポイント、Ⅱ後継者の選び方・教育方法、Ⅲ後継者への経営権の集中方法、Ⅳ事業承継と民法<<遺留分>>、Ⅴ事業承継に必要な資金、Ⅵ事業承継と税金、などについて解説されている。

それらの書物に書かれていることは、いずれも一朝一夕にしてできることではない。事業というものは、毎日毎日変化している。成長もあり、退歩することもあるだろう。

事業承継というものを、静止的にとらえるのではなく、事業経営の一つとして、事業の承継ということがあると考えて、その対策を常日頃より考えるのが良い。事業承継計画も経営計画の一つとして考えなければならないのだ。すなわち、社長たる自分が死んだ時のことも考えて経営にあたる必要があるのである。

お家騒動か労使紛争か?-ある事業承継事例①

甲社の河野会長は、戦後間もなく、精密機械製造業を創業し、年商30億円、従業員60名、の会社に育て上げた。間もなく80歳になるが4人の子供がある。

自分は会長として、長男太郎(40歳代半ば)が社長として、同族経営を行っていた。

近頃は月に一回くらいしか会社に行かない。

二男の次郎は、上場企業に勤めていたが退社し、甲社に入社した。

しかし、社長の長男太郎や従業員たちと反りが合わず、甲社を辞め甲社の非常勤取締役となっている。三男三郎は他社に勤務し、長女 が甲社の監査役となっている。

また、非同族の従業員2名が取締役になっている。

非同族の役員2名は、それぞれ工場長、営業部長として甲社の経営方針に注文をつけ、何かとうるさい。

甲社がここまで業績を伸ばしてきたについては、この2名の貢献度が大きい。

河野会長は、どう考えたのかはわからないが、非同族の営業部長を取締役から降ろし、首にすると従業員に知らせ、内容証明郵便で件の営業部長氏に通知した。

非同族従業員に対する分断策か否かは不明だが、工場長に対してはそのような処置をとらなかった。  そうしたところ、従業員が反発し、労働組合を作って経営陣に対抗するという事態になった。

労使紛争の勃発だ。

① 労使紛争、②お家騒動、③赤字による倒産の危機、④黒字による脱税及び関係諸官庁による手入れ、の4つを乗り切ってこそ企業は一人前の大人の企業として成長・発展できるのだから、そのうちの一つや二つが会社に起ったからといって、経営者はじたばたしてはいけない、と述べていた経営評論家がいたが、弁護士として長年、色々な紛争をみてくると、つくづく通りだと思う。

(この項続く)

事業承継の巧拙は、お釈迦様が教えてくれている!

「事業承継」とは、何を引き継ぐのか

事業承継というとき、筆者はいつも次のような「世尊拈花」という話を思い出す。

釈迦牟尼世尊が、昔、霊鷲山で説法された時、一本の花を持ち上げ、聴衆の前に示された。すると、大衆は皆黙っているだけであったが、唯だ、迦葉尊者だけは顔を崩してにっこりと微笑んだ。

そこで、世尊は言われた、「私には深く秘められた正しい真理を見る眼、説くに説くことのできぬ覚りの心、そのすがたが無相であるゆえに、肉眼では見ることのできないような不可思議な真実在というものがある。

それを言葉や文字にせず、教えとしてではなく、別の伝え方で摩訶迦葉にゆだねよう」(無門関・西村恵信訳注・岩波文庫45頁) 親が子にいくら教えようと思っても、教えられるのはあくまでも子供のほうである。

親は子供に無用な苦労はかけたくない。

子は子で戦後の教育をしっかりと受け、理屈でわからないと親のことを聞かない。

親のいうことを「古い!」などという。

言葉や文字で伝えられるのは、「事業の真実」ではない。

事業の真実は釈迦牟尼世尊が言ったように、「別の伝え方」でしか伝えられないのである。 それが、巷間言われている「事業承継」というものである。

事業をしようとする者は、事業は自分一代限りと見切るのも良いかもしれない。

事業を子供に継がせよう等という下手な欲がなくなれば、会社経営の手法も変わってくるかも知れない。

しかし、それでは面白くない、という人は上手く自分の事業を承継させるように努力すれば良い。

考えてみれば、事業承継は、武道の達人が弟子にその秘伝の技を伝え、免許皆伝を許すことに似ている。 伝える者も伝えられる者も、その「武道」は○○流として伝わるが、第1代、第2代、第3代・・と時代が下るにしたがって、その流派が続いても、後継者は「開祖」が編み出した「武道」にその時代、その場所、その位置(侍の鍛錬のためにするのか、暗殺術として用いるのか等々)に応じて、自己流の工夫を加えているのである。

それが、承継というものであり、「経営、事業」とて、同じである。武道も、経営も事業もその人一代限りのものなのである。

事業承継の極意

中小企業経営者の皆さんは、一定の年齢になって来ると、事業の引き継ぎを考えない経営者はいないでしょう。

その事業を行っている会社が優良会社であれば株式の評価をはじめとする財産の評価や、事業承継の際に支払わなければいけない税金の額がいくらになるのかが気になります。

また、そうではない大半の会社は銀行からの借入金の担保のために自宅の土地・建物をとられ、その上、社長個人、場合によっては妻や子供達まで連帯保証人にされているのではないでしょうか?

このような中小企業を経営している親の苦労のみを見ている子供達にしてみれば、何も好き好んで、親の事業を継ごうとしなくとも無理はありません。

大学を卒業して大企業に入社し、自分の生活が安定している身を投げうって、苦労の見えている中小企業の後継者になろうという奇特な人はいない、といっても良いかも知れません。

しかし、本当に中小企業の経営は、大企業に勤めているよりも不安定なものでしょうか。 今や大企業に勤めていても一生の安定・安心を得られない時代です。

平均寿命が延び、定年後の人生が長くなり、年金額も減らされる時代が来ているからです。定年前に肩叩きをされ、親会社から子会社、またその子会社に転勤させられることもあります。

自分の子に後を継いでもらいたいと考える中小企業経営者は少なくありませんが、自分の苦労した苦労を可愛い子供にはさせたくないと思うのも親心というものです。

では、子供に自分のあとを継いでもらうにはどうすれば良いか。 子は親の背中を見て育つ、と言います。親が、毎日毎日を、希望にあふれ、活き活きと働いていれば、子供は親の真似をしたくなります。

ですから、経営者は今経営している会社の業績を良くすることです。 業績を良くするというのは、会社の利益を上げることばかりを言うのではありません。

まず社長自身が、日常生活と会社の経営を活性化することです。 本稿はそのための実践論です。